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ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」を深く掘り下げ、ドラマをより楽しむことを目指しています。

超憶測:第八章で”最初の人々の拳”へ行く?@ゲーム・オブ・スローンズ

第八章は壁の向こう側のシーンについて誰も触れていませんが、個人的に気になったことがあります。



第八章の撮影情報で、冬のアイスランドにてロケがあったようなんです(空港でキャストの目撃情報が多々あった)
過去シーズン、冬のアイスランドは壁の向こう側を設定してました。
しかし死の軍団が人間界へ侵入してきたことで、壁の向こう側でのシーンではないだろうとの意見が圧倒的でした。
私も北部のシーンかなぁ?と思っていたのですが・・・。

アイスランドは谷間の設定も含め、山岳地帯でロケ撮影してきましたね。
撮影場所の風景は北部とはまったく異なります。
ですから、山岳地帯ではない場所でのロケかもしれないと思っていたんですけど、ふと思い出したことがありました。

第二章でサムが最初の人々の拳で発見したドラゴングラスです。


そのドラゴングラスと一緒にあった角笛の存在を覚えてますか?
以前私は気になるひとつとして当ブログにも書いていたんですけどね。
サムはその角笛をどうしたのか、ドラマ上では触れていませんでした。
ドラゴングラスだけ持ち去ったのかどうか。

そして、今年の8月ですが当ブログで「チェーホフの銃の原則」に書いたことを当てはめるならば、その角笛が再登場することは有り得るのではないか?と。

サムは「ドラゴングラスが綺麗だから」って理由だけで持ち去り、角笛はそのまま最初の人々の拳に置いてきた可能性があります。
第八章でサムが知識の城からパクった本の中に、その角笛に関する記述を発見という流れになったとしたら?

死の軍団に対する重要なアイテムだとわかり、最初の人々の拳へ行くことになるかもしれない~~と、ふと思ったんですけど。

どうでしょうかね?

冬のアイスランドにはサムを演じるジョン・ブラッドリーも目撃されてましたし。
ドラゴングラスと角笛を発見した場所は、サムしかわかりませんからねぇ。
他のメンバーはお供かもしれません。

第八章に関して、それらを言及する人はほとんどいません。
ほんの一瞬映っただけのシーンでしたし。

どう思いますか?
意外と角笛であっさり死の軍団を撃退しちゃうかも(苦笑)
やはりドラマの最終的な戦いはサーセイと・・・ということになるかもしれません。穢れなき軍団やジョンたちが赤の王城へ行くというシチュエーションは、死の軍団がどうのこうの~ということではなさそうですし。








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裏話:第六章 #8@ゲーム・オブ・スローンズ

「裏話」を書くことを忘れてました(苦笑)
二ヶ月ぶりかな?
今回のエピソードを除き残り九話です。
最終章の放送開始まで半年以上あるだろうし、焦ることもないんですけどね。



◆第六章 第八話「誰でもない者」

  • タイトルの「誰でもない者」はブレーヴォスの”顔のない男”を指す。
  • ハウンドがミアのソロスと再会した際に言った台詞「ここで何をやってるんだ?(the fuck are you doing here?)」は、第三章で旗印のない兄弟団に捕らわれたハウンドがミアのソロスに言った時の台詞と同じ。
  • ベリックが語った壁の向こう側からの危機「the cold winds are rising in the north」という台詞。第二章第二話、ナイツウォッチ総帥ジオー・モーモントが送った手紙で、ティリオンが読み上げていた中に同じ言葉が記されていた。
  • ハウンドがベリックと決闘裁判をし、ベリックは死んだがミアのソロスによって蘇った。その後、ベリックはハウンドに対して「裁きを受けるだろう」と語った。その言葉通り、ハウンドはブライエニーとアリアによって裁きを受けたことになる(※瀕死の状態に陥り、アリアに見捨てられたこと。そして後に司祭であるレイに救われたこと)
  • トメンはサーセイとロラス・タイレルの宗教裁判についてお触れを出した。宗教裁判はターガリエン時代に司祭から権利を奪っていたが、サーセイが復活させ、自分自身が裁判を受ける羽目になるという皮肉。
  • クァイバーンがサーセイに「古い噂」を話したことと、ジェイミーがエドミュア・タリーに「サーセイは子供を守るためなら町をも燃やす」と語ったことはリンクしている。
  • ティリオンがミーリーンはデナーリスによって守られていると大衆に伝えるため、「光の王」の祭司を利用した。これはサーセイがタイレルを陥れる時に七神正教を利用したことと同じである(宗教利用という観点で)
  • ティリオン、ミッサンデイ、グレイワームがジョークを話しているシーン。これは、ジョークを語り、ミッサンデイの反応に笑顔になったグレイワームが人間性を取り戻していることを示すもの。
  • D&Dはジャクェンが館の少女にアリアを殺害することを許可したのは、アリアと少女へのテストであると言及した。ジャクェンはアリアの方がテストに合格することを望んでいた。
  • ジャクェンはアリアの持つ可能性を信じていたため、少女の顔が館に備えられているのを発見した際、望んでいた通りの結果である反応を見せていた(※「まさか!」という反応ではないという意味)
  • アリアが館の少女から腹部を刺され、後にレディ・クレインに治療してもらったが、館の少女が現れた際に窓から飛び降りたり、痛がる様子もなく走ることができていた。そのため、アリアは何日か眠り続けていたのではないか?という推論があった。
  • 刺し傷があるにも関わらずアクロバットなアクションがあり、アリアを演じていたメイジー・ウィリアムズも困惑していた。そのためスタントコーディネーターと議論し、終盤のシーンでは傷を痛がるような動きを取り戻した。
  • 館の少女が一思いにアリアを殺害しなかったのは、アリアが痛み苦しむことを望んでいたと思われる。
  • アリアは傷の痛みを実際より深刻であるように見せかけていた節がある。
  • 館の少女との対決の際、アリアはロウソクを切って明かりを消した。盲目にされたアリアが戦う訓練をしたのは、顔のない男の通常の訓練ではないことを示唆する(※館の少女はそういう訓練を受けてないため、アリアだけの特別な訓練だったということ)
  • 原作に於いて”館の少女”はアリアの主観で「Waif」と呼んでいただけで正式呼称ではない(※日本のWiki等では”浮浪児”という呼び名をつけてますが、私個人がそういう呼称は好きではないため、当ブログでは”館の少女”と記してます)








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第八章「結末への方向性は?」のまとめ@ゲーム・オブ・スローンズ

長きに渡り、「結末」に関する予想などを取り上げてきました。
今回は個々のキャラクターがどうなるかはさて置き、ドラマの物語自体、どこへ向かって進んでいくんだろう?という件に関してです。
とりあえず、現時点まで私が注目している予想をまとめておきます。


ドラマの結末に関する関係者の反応


HBOのお偉いさんが第八章の脚本を読み、結末に関しての印象は「叙事詩的である」と述べていました。
そして、出演俳優たちが脚本の読み合わせが終わった際、「涙ぐむ人もいた。そして全員が拍手をした」と。

結末に関して、出演俳優はインタビューで「驚いた」「素晴らしい結末ではあるが賛否は分かれるだろう」と答えているのが共通しています。
先日ティリオン役のピーターさんは、「今まで見たことがないものを見るだろう」と述べました。

当ブログで紹介した結末予想は?



私自身、海外のファン・ブログなどを読んだりして、興味深い視点に関することを都度当ブログで紹介してきました。
神話等に基づいたり、深い洞察力による予想が主ですけど、共通している結末の方向性がほぼ同じで「終末」「黙示録」などに言及してます。

当ブログの記事はバラけてますので、ここでまとめておきます。

「光の王」は終末を目指している

ドラゴンはホワイトウォーカーと戦わない?

「時の車輪」と「ゲーム・オブ・スローンズ」


また、そこまで悲惨にはならないだろうけれど「ウェスタロスから人間が脱出する」という予想も出ています。

映画「パンズラビリンス」との共通点



この映画は様々な解釈をされているほど深い作品です。
心理学的な見地からも解釈されているんですねぇ。
映像に於いても隠喩が多いとされてます。
上のポスターの木は「子宮」に似ており、中央部分は女性の陰部。そのことから、誕生や復活を意味しているのでは?と言われてますけどね。

◆共通点「目」

「パンズラビリンス」の主人公である少女は、牧神である角獣パンの像に出くわします。その像には片目がなく、少女はその目を探し出して像に戻します。
するとパンが現れ、少女は「黄泉の国の王女」であり、その国へ行ける方法として3つの試練を乗り越えねばならないと告げます。
その時から少女は魔法のような探求が始まります。

映画は「目」「見ること」を重要視している部分があります。
しかしそれは、視覚として見ることではなく「第三の目」で見ること。
これはGOTに於ける「三つ目の鴉」にも通じることです。

また、アリアも同様でシリオ・フォレルから「見ることと観察することは違う」と指導され、黒と白の館でアリアは盲目になり、視覚に頼らぬ見方を体得したと言えるでしょう。

そして「ホルスの目の神話」では、右目は現実を具体的に捉える役割があり、左目は霊的・精神的なものを感知するとしてます。
GOTの第七章のポスターは、キャラクターの左目の瞳に夜の王が映っていることに注目して下さい。


◆共通点「誰でもない者」

少女に「あなたは誰?」と尋ねられたパンは、「私は多くの名で呼ばれてきた。私は山、森、地球・・・」と答えた。
これと似たようなことを言ったキャラは「三つ目の鴉」「ジャクェン(仮名)」


◆共通点「犠牲・代償」

少女の母親は弟を出産した直後に亡くなりました。
母親の命が代償となった出産でした。
「パンズラビリンス」では犠牲・代償という要素が少女に対する3つの試練に組み込まれています。パンは少女が試練を乗り越えるために導いていく役割。



「黄泉の国の王女」として国に戻ることが少女の願望でした。
これはGOTのデナーリスと幾分重なっているようにも感じます。
・・・となると、デナーリスにも大きな試練が待ち構えているかもしれません。究極の選択、自己犠牲の方向になるかもしれません。
「ナイトランド(黄泉の国)」には、カール・ドロゴが待っている(?)
その国でカリーシになるのかも。

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「パンズラビリンス」を「少女の単なる妄想の話」と片付ける人もいます。
しかし、精神的な目で見るべき映画とも言われてます。

パンが悪者に見えますが、少女を苦難の日々から解放するために導く役割を持っています。夜の王も悪者に見えますが、実は・・・ということはありそうです。
そもそも戦争を始め、人々を虐げているのは人間自身。亡者は人間同士の争いなどで死んだ者が大半でしょう。

そして、ヴァリスは「弱い者が虐げられない世界」という風に理想を語っていました。それはもしかすると、ウェスタロスに森の子らが復活し、再び自然と共存する世界になれば叶うなぁとも思います。

ヴァリスはそこへ辿り着くための旅なのかもしれません。

最後に、
ピーターさんが「今まで見たことのないものを見るだろう」とインタビューで語っていました。
まさに森の子らが生活するウェスタロスは見たことがないものです。
願わくば、そのようなエンディングが見たいと個人的には思ってます。

終わりは始まりに繋がっている。








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