【ジェンダー問題】ノンバイナリーとは?(個人的見解)
さて、「ノンバイナリー」という言葉は聞き慣れませんよね。
「バイナリ」は”二者択一”という意味があります。
性別に関すれば「男女のどちらか」…になりますが、「両方である」「どちらでもない」ってうニュアンスがノンバイナリーです。
そもそも、人間は誰もが男女の要素は持っています。
しかし、大多数の人は、生物学的性別を何の違和感なく受け入れています。
特に根拠もなく、自然に。
幼い子を見てもわかるように、男女の違いは自ずと表れています。
体自体がホルモンによって、成長していきますし。
トランスジェンダーとノンバイナリー
「LGB」は恋愛対象に対する性嗜好です。
自分のアイデンティティーというより、嗜好なのです。
しかし、トランスジェンダーは恋愛対象への性嗜好ではありません。所謂、アイデンティティーの中に入ります。
「自分は何なのだ?」と問うた時に、自分の性別に対する違和感を抱く人です。
本来はね。
ところが、今は”ファッショントランス”なるものが、幅を利かせ始めてるので大問題になってる。まるで、服を着替えるように性別を替えてもいいって風潮。
そういうトランス女性が、女性のテリトリーを侵し出したんですよ。
「心は女なのぉ~~」と言いながら。
ノンバイナリーは性別に対し、柔軟性があるような感覚。
性自認は生物学的な性別を基本的に、否定しません。
ですから、”ファッショントランス”と間違わないように。
私の場合は、男の部分が多く占めてる感覚がある。
実際に男になった経験がないから、「何となくそんな気がする」というレベル。
要は「女らしさがねぇよな、自分」とセット。
じゃあ、ノンバイナリーは特別なのか?って言ったら、「特別でも何でもない」とだけ言っておきます。
「自分がノンバイナリーなのだ」…なんて思わなくても、自分らしく生きればいいじゃんってだけ。これは万人に言えることなので、特別じゃないんですよ。
男性でメイクしたけりゃ、すればいい。
女装好きも、一種のコレでしょうね。
女性でトムボーイのようなファッションが好きなら、そうすればいい。
私はそのようにしてます。
男女を表現するのは、何も外見ばかりじゃないですし。
頭の中が中性的だってことです。
今の時代、「男らしく」「女らしく」なんて強制される世の中ではないので、あくまでも「自分らしさ」を追求すればいいんですよ。
ただそれだけです。
”ファッショントランス”には気をつけろ
欧米では、ノンバイナリーとトランスジェンダーを混同し始めてます。
だから、厄介になってる。
女性っぽい男の子に「女性になるべきよ。それができるの」と、カルト宗教のように誘い、「NO」と言えないくらいに追い詰める。「NO」なんて言えば、「差別主義者」と烙印を押され、バッシングを食らうそうです。
そして、ファッショントランスの出来上がり。
欧米にいる豚のように太り、美的感覚もない醜い顔で鼻に輪っかピアスをしてる人たち。あれはファシズム的な全体主義の象徴です。
近付いちゃいけない人たちです。
日本ででは、そこまで強烈ではありませんが、「ノンバイナリーも辛い目に遭ってる」みたいにマスコミが扱うのも、ノンバイナリーを理解していない証拠です。
私は「男だから」「女だから」という押し付けに対し、抵抗感が強いだけです。
「男女が明確に混在」「生物学的性別ではない性別の方が強い」若しくは「性別なんてどうでもいい」という風に、ノンバイナリーは型にはハマってはいませんし。
「女ならお茶出しは当たり前だろ?」という昭和や平成初期のような、女性への決めつけがあった時代、私は嫌でしょうがなかったですよ。
従順な女とか、演歌に有りがちな女性像とか、気持ち悪い!
「何でひたすら、寒さ堪えてでも男を待つんだよ。アホか」って中学生ぐらいの頃から、思ってました。
当時の男が理想とする女像だったんですよ、耐えるとか忍とか。
キモいでしょ?
不思議なもので、男っ気が強いのに女性蔑視には敏感ですわ(笑)
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