awesome的な

ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」をより楽しむことを目指しています。写真の合成加工作品も掲載。

MGS4:「蛇(スネーク)はもういらない…」の言葉に込められたこと

MGS4はやたらムービーが長いですが私は苦になりません。
「ゲーム」としてだけではなく、キチンとしたストーリーがあるからこそプレーヤーは感情移入しやすい。
ゲーム内キャラと共に歩んでいく・・・っていう形式は素晴らしいと思ってます。

映画やドラマは見ているだけですが、ゲームは参加している意識が強まります。だからこそ、愛されているゲームなんだろうと思います。



私は初期作品を知りませんが、ビッグボスとゼロが敵対していると知っていた方々は、MGS3でビッグボスとゼロの会話に「こういう時もあったのに」と思えたでしょう。
私はその逆で、「この二人が敵対しちゃうの?」という驚きがありました。

MGS4までの様々な経緯を知っている人は、ソリッドとビッグボスが敵対していたこともご存知でしょうから、物語の結末は素晴らしいものだと実感できたでしょうねー。

二人の経緯を知らないプレーヤーからすると、長いムービーで多少触れてはいましたけど、詳細まではわかりません。
ただ私は「ソリッドとリキッドは利用されるためだけに作られた命」ということに胸を痛めました。ある種、ソリッドには選択肢がない人生だったんだなと。

ビッグボスはザ・ボスの志や意志を追い求め、どう築いていくのかという選択肢がありました。
当初、ビッグボスはザ・ボスに「国に忠を尽くす」と言っていたんですよね。しかし、ザ・ボスの件で自分の主義を変えた。
やがて国家に属さない軍隊を作ることが自分の使命だと思って行動していましたが、ゼロとの対立も同時に生じた。

ソリッドには選択肢がない。
急激に老化していく身体にムチを打ってでも、ビッグボスを越えようとするリキッドを阻止しなければならなかった。
しかも「愛国者達」のシステムまでも乗っ取ろうとするリキッド。
ビッグボスとゼロが過去にやってきたことを統合し、世界を手中に収めようとするリキッド・・・というのがMGS4ですよね?
つまり、ビッグボスとゼロが行ってきたことを同時に止める必要がソリッドにはあった。

結果、ソリッドとオタコンは成し遂げました。
オセロットはリキッドのドッペルゲンガーとなり、ソリッドを利用し「愛国者達」のシステムを終わらせ、ビッグボスを蘇らせる役割を担ったんでしょう。
しかし「愛国者達」も最後の足掻きで新たなFOXDIEをソリッドに仕込んだ。

最後まで両者の潰し合いに利用され続けたソリッドの戦いは終わった。

ビッグボスがソリッドと再会し、死の淵で言った「蛇はもういらない…」は「(ソリッドを巻き込んだ)争いは終わった」ということなんでしょうね。
ソリッドはゼロが意図して作った命です。
「蛇はもういらない…」は、ソリッドの任務は終了したということを告げた言葉だと思いました。

「俺にはやるべきことがある」・・・これはソリッドの口癖なのかな?
私はそういう風にしか言えないソリッドの人生が気の毒に思いました。
普通に生きていても負うべき責務はありますが、そこから解放されたいという気持ちは誰しもが抱きますよね。自由になりたいって。
でもソリッドはそうじゃないんですね。
自由に生き始める僅かな時間にさえ「やるべきこと」を見出してしまう。
悲しくないですか?

「蛇はもういらない…」
その言葉の直後、ソリッドはビッグボスが落とした葉巻に火を点けて、ビッグボスに咥えさせましたね。
敵対していたとは言え、共に戦った戦友のような情なのか、家族の情なのかわかりませんが、たぶん二人の間にそんな感情が生じた瞬間だったのかも。

「いいものだな」とビッグボスは呟き逝ってしまいました。
音楽も本当に良いです。
泣くなって言われようが、毎回泣いてしまいます。


ザ・ボスが「絶対敵はいない、相対敵でしかない」と言っていましたが、互いが尊重し合い敵対心がなくなること・・・それこそがザ・ボスの求めていたことじゃないでしょうか。

そして「平和というものがわからない」と、PWでビッグボスはパスに言ってました。戦争があるからこそ平和を感じるものだ・・・という風にも言ってたような。
そんなビッグボスは、争いのない中で安息のような「平和」を実感できたのでしょう。何気ない、ささやかな瞬間の中に平和を見出す。
私は戦い続けてきた二人の素晴らしい結末だと思いました。

MGSVは「MGS5」という表記ではありませんね。
そういう意味でも私自身「MGSV TPP」はプレーしなくてもいいかな?と思いました。ビッグボスの「蛇はもういらない…」という言葉を大事にします。







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